現在表示しているページ
ホーム > 和歌山の方言 > 解説

和歌山県の方言

平成22年度和歌山県文化情報アーカイブ事業方言調査の解説

和歌山大学教育学部 教授 柏原 卓

今回の方言調査では「語彙」449項目、「語法・表現」53項目について、和歌山県内の紀北17市町村、紀中16市町村、紀南17市町村すべてを網羅して調査した。

項目の選定にあたっては、和歌山県内に広く分布し全国方言の中で和歌山方言の特徴が分かる語、および県内でさまざまな違いがあると思われる語を基準とし、選定の参考には、国立国語研究所『日本言語地図』、東条操『簡約方言手帖』、和歌山県教育委員会『わかやまことばの探検隊 報告書』を使用した。

今回調査の価値として、調査項目の多さと県内全市町村を網羅した点が上げられる。500項目余りの「語彙」「語法・表現」について50市町村すべてを調査したのは、空前かつ有意義な大事業であった。調査結果を大まかに見渡すだけでも発見があるが、今後すべての項目にわたって詳細に研究が進めば、分布の実態が具体的に判明していき、そのような分布を示すにいたった、言語的・文化的・歴史的な背景経緯の考察に端緒を開くであろうと予想できる。まことに貴重なデータベースであり、アーカイブであると言ってよい。

ここではとりあえず、和歌山県ホームページに紹介する語から若干を取り上げてみる。(1)県内に広く分布する語については、全国の分布状況を判断する基準として小学館『日本方言大辞典』に記された分布地点を参照した。また「山頂テッペン」「水田タンボ」などは同方言辞典に載せず国語辞典の見出し語になっているが、調査用紙の全国共通語とは違う語形であり、やや俗語的な語と見て採用した。

(1) 県内に広く分布する語

この中には、1.全国に分布する語、2.おもに西日本に分布する語、3.分布が少ない語などがある。具体的には次のような例がある。

  1. 全国に分布する
    稲妻 イナビカリ、昨晩 ユーベ(ユンベ)、山頂 テッペン、水田 タンボ、女 オナゴ
  2. おもに西日本
    太陽 オヒサン、蛇 クチナワ、玉蜀黍 ナンバ(ナンバキビ)、落花生 ソコマメ、末子 オトンボ(オチンボ)
  3. 分布少ない
    秋刀魚 サイラ<三重県、大阪市、兵庫県、奈良県、和歌山県、徳島県、香川県、岡山県苫田郡>、蝮 ハビ<和歌山県、三重県南部、奈良県南部、大阪府南部>、伯叔父 オイヤン<香川県、大分県>→小父さん オイヤン<兵庫県美嚢郡、奈良県南部、和歌山県>、仲間 ツレ<福井県敦賀・大飯、長野県上田、岐阜県武儀郡、静岡県浜松、滋賀県彦根、大阪府泉北郡、兵庫県明石郡、神戸市、島根県隠岐島、香川県、鹿児島県種子島>

(2) 県内で差異のある語

そもそも語の選定にあたって県内に差異のありそうな語をおもに選定した経緯があり、非常に項目が多いのでほんの数例を上げるにとどめる。方言語形を掲げてその語構成が判明するものを説明し、必要に応じて分布地域を考察する。

1.ねんねこ

オイスケ オイネ オイバンチャ オッパドーギ カメ カメノコ
チャンチャコ チャンチャンコ ドテラ ドンギ ドンダ ハオ(ハオー)
ハンチャ モリオビ モリドーギ モリドンギ モリバンチャ

説明
子どもを背負うときに羽織る衣類である。「オイ‐」は「負い」、「オッパ‐」は「(子ども等を)背負う」意味の動詞「オッパする」の語幹。「カメ」は亀甲の連想。「チャンチャンコ」は「子どもの(綿入の)袖なし羽織」で「ハンチャ」も関係あるか。「-ドーギ」「ドンギ」「ドンダ」などは「胴着(どうぎ)=上着と襦袢との間に着る綿入れの防寒用の衣服」から。「ハオ(ハオー)」は「羽織り」か。「モリ-」は「守り」。分布の特徴を指摘できない。

2.十時の軽食

オチャ オヤツ ケイショク ケンズイ コジャ コビリ コビル
ジュージノオヤツ ジュンノー ハヤビル ヤツ ヤツジャ ヨツ ヨツジャ 
ヨツチャ ヨッチャ ヨッシャ(ヨッシャー)

説明
昔の時間「八つ」頃の軽食が「おやつ」であるのに対し、午前の「四つ」頃の軽食である。「オチャ」「コジャ」「ヤツジャ」「ヨツチャ」「ヨッチャ」「ヨッシャ(ヨッシャー)」などは「茶」から。「ヨツ‐」「ヨッ‐」は「四つ」。「コビリ」「コビル」「ハヤビル」は「小昼」「早昼」で本来の昼食時と異なることから。「ケンズイ」は「間水・硯水・建水(けんずい)=定まった食事以外の飲食」。

正確には今後の研究が必要であるが、「ヨツジャ」が県内全域に広まった後に北の方から「ケンズイ」が流入したと考えられる。「ジュージノオヤツ」は「十時」という語一つをとっても新しいことが明らかである。

3.蒲鉾

イタ イタヤキ クズシ ナンバヤキ

説明
白身魚のすり身を板に盛ったり簀巻きにして蒸す焼くなどした食品。「イタ」は「板」。「クズシ」は「崩し」で「すり身」の意味。「ナンバ」は「南蛮」。
分布は「イタ」「イタヤキ」は紀北(例外で熊野川町に「イタ」)。「ナンバヤキ」は紀中の一部である。「クズシ」は県内全般に分布している。「クズシ」は富山県、岐阜県、兵庫県、奈良県、島根県、香川県、愛媛県、佐賀県など主に西日本各地にも分布している。思うに「イタヤキ」は「クズシ」が広まった後に外部から新しく流入した語であろう。

以上のとおり分布解釈に憶断をまじえたが、今回の調査が今後の研究に大きい可能性を提供するものであることを再度強調して、簡単な解説を終えることとする。

このページのトップに戻る