現在表示しているページ
ホーム > 和歌山の民話 > 和歌山市:鷺の森の大木(たいぼく)

和歌山県の民話

鷺(さぎ)の森の大木(たいぼく)

出典:和歌山むかしむかし

発行:和歌山市

どんとむかしのこと。
紀ノ川がとうとうと海に流れこむ河口(かこう)のあたりは、まだ今日の和歌山市の片鱗(へんりん)さえ形成されておらず、時によっては流れも変り、ところどころに中洲(なかす)が見えかくれするだけだった。
その河口に近いところに、ものすごく大きなナギの木が雲をつくばかりに立っていた。
なにさま、木の周りは三百人の大人が手をつないでかかえなければ回りきらないほどの大きな木である。
この木は、川が運んでくる豊かな養分を吸いあげて、限りなく枝葉(えだは)をひろげていた。
遠くから見ると、まるで一つの山で、朝、東の方から日が出てくると、はるかに海を隔てた淡路島まで日陰(ひかげ)になってしまい、午後になると、那賀郡、伊都郡さらに国境いを越えた吉野郡(奈良県)のあたりまで日陰になってしまうのである。
おかげで、このあたりに住みついた人々たちの農作物にも大きな影響を与え、悩みの種(たね)となっていた。
「こらもうどないもならんわ。
こんなとこに住んでたら、さきは飢え死(じに)するだけや」
「そやとも。
あの木さえ無かったら、このあたりは地味(ちみ)も豊かやし、ええ作物が育つのになあ」
「なにしろ一日のうちに、お日さまの当たるのが半分やもん、どうしようもないわな」
「あの木は別に持ち主はないようやし、思い切って、伐り倒してしもたらどうやろ」
「とんでもない。
あんな大きな木を伐り倒すやなんて・・・。大体、どれだけかかったら伐れるのやら、まるで見当もつけへん。
一年かかるやら、二年かかるやら・・・。その間(あいだ)、どないして、なにを食べて生きているんや」
「そやなァ。たとえ木の陰で、細々と作物(さくもつ)を作っていても、働かな食べていけやんし、一年も二年も、あの木を伐るのにかかってたら、飢え死するよりないもんなァ」
村人たちは、てんでに嘆くのであった。
淡路の方からも、人々の恨みの声が聞こえてくる。
「紀ノ国にあるあの大きな木、なんとかならんもんやろか。
あれのお陰で、淡路までえらい迷惑や」
「朝の早ようは、海でも一番、魚のようとれる時刻やのに、あの木のお陰で、うすぼんやりとしてるもんやさかいに、魚も起きてきよらんのや」
「起きてこん魚は、エサには喰いつかんわな。そやよってわしらはもうお手上げや。
この責任はどうしてくれるんじゃ」
「このままでは我慢できやん。あの木のあるのは紀ノ国やよって、あそこの人たちで伐り倒してもらおう」
と申し合わせて、代表者がどなりこんでくる有様(ありさま)。
さあ、この在所の人たちも頭をかかえてしまい、日ごと、夜ごとに相談を重ねたが、これという智恵(ちえ)もでてこない。中には
「わしらばかりか、隣りの淡路の人たちにまで文句を云われる始末(しまつ)。
もういっそのことに、ここを見限って、どこか新しく住むところを探してみよやないか・・・」
と云い出す人もある。
ある日の集りで、一人の智恵者が思いがけないことを云い出した。
「いつまでも、らちのあかんことを、わいわい云うても仕方がないわ。
この上は、みんなの中から代表の人を選んで、大和にある国の役所というとこへ頼んでみることや。きっとなんとかしてくれるやろ。」
一同はたちまち賛成して、ここに名草、海部(あま)(現在の海草郡西部)、那賀、伊都の四郡から代表を選んで、大和の朝廷へ訴え出る。
朝廷としても捨てて置けず、この国の国造(くにのみやつこ)(地方長官)である宇治彦(うじひこ)に命じて、ナギの大木の伐採に着手した。
宇治彦としても、かねてから心配していたことでもあり、しかも伐採の費用は国が負担してくれるというのだから、否、応はない。
紀ノ川の沿岸に住んでいる人たちの協力を得て、作業にかかったが、さすがに日本一の大木だけに、なかなかはかどらない。
なにしろ、これといった道具の無かった時代だけに、作業は遅々(ちち)として進まない。
ナギの木に実が成り、そしてこぼれ落ちて、また実のなるころ、ようやく七分目ほどもオノが入れられ、そしてある強い風の吹く日―。
天地がこわれてしまうような大きな音がして、ついにナギの大木は倒れてしまった。
人々がどんなにせいせいしたかは、云うまでもあるまい。
いま和歌山市の中心地に本願寺鷺(さぎ)の森別院があるが、この「鷺の森」の地名は、ナギの大木があったころ、数知れないほどの白鷺が住みつき、遠くからみると、まるで白鷺が森を形作っているように見えたのにちなんだ名前だ・・・と伝えている。
またこのナギの木を伐り倒した時の国造(くにのみやつこ)であった宇治彦の名前は、同じく和歌山市宇治の地名として残った。
そしてこの大木の根は、そのまま地中深く埋れて、長い歳月を経た。

このページのトップに戻る