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和歌山県の民話

山姥(やまんば)と桶屋(おけや)

出典:中津村史通史編

発行:中津村

昔、ある村に桶屋(おけや)があった。大変な働き者だったが、まだこの男には嫁がなかったので、嫁をもらってはということになった。近所の者がそのことを桶屋に話すと、桶屋の言うには「わしは、仕事のようする、飯(めし)の食わん人が欲しい」とのことであった。それを聞いて、人々は、これは難しいことだと思ったが、やっと探し出して桶屋のところに連れてきた。その嫁は、自分は食べないが、御飯(ごはん)も炊くし、お弁当もちゃんと作ってくれる。桶屋が仕事から帰ると「お帰りなさい」と言って出迎えてもくれる。ところが、げぶつの中の米がえろう減る。不思議に思った桶屋は、朝仕事に行ったふりをして、屋根の上に上って、茅葺(かやぶ)き屋根の節穴(ふしあな)からじっと下をのぞいていた。すると、嫁は米をどんどん洗い始め、御飯を炊いて握り飯を作って食べ出した。その食べ方はと言うと、頭の上に握り飯を放り上げて、頭をぱっと開いて食べるのである。それを見た桶屋は、これではとても持ちこたえられぬと思った。
桶屋が仕事から帰った顔をして、夕刻(ゆうこく)、「ただいま」ともどってきた。風呂に入って、その夜の話に「全くお前とふうみ合わんさか別れてもらえんか」と切り出した。嫁は「別れよとあなたが言うなら別れんこともないが、そのかわり、わたしの言うことも聞いてくれるか」と言った。「言うことによっては、聞ける話もあれば、聞けん話もある、とにかくまあ言ってみよ」と男が言うと、「あんたは桶職人やから、風呂桶(ふろおけ)をこしらえて欲しい」と女は言った。「それはやすいことだ」と桶屋はニ日三日掛かって立派な桶を作り上げた。「あなた、一度この桶の中に入ってみておくれ」と嫁が言うので、男が入って座ると、すかさず嫁は風呂の蓋(ふた)をして、がんじがらめに縛(しば)ってしまい、桶をかたげて、どんどん登り始めた。桶屋は、しまったと思ったが、どうすることもできない。山の奥へ奥へと入って行く様子。すると、ギャアギャアという子供の泣き声が聞こえてきた。たくさんの子供がいるらしい。「こりゃ、えらいところへ連れてきやれた。餌(えさ)にしやるる」と思っていると、道に横たわっている木に風呂桶が引っ掛かり、がたがたこさげているうちに、風呂の蓋がわずかに開(あ)いた。男は、その間から手を伸ばし、木の枝につかまって、かろうじて逃(のが)れた。女は、それとも知らずに、空(から)の桶をかたげて登っていく。桶屋は、これはうまいこといった、と思って、じっと聴き耳を立てていると、どうやら女は、自分の家に着いたらしくって「おかあさん、魚(とと)取ってきたから、お前たちにあげよう」と、子供たちに話している。蓋を取ってみると、桶の中はからっぽ。「ああ、逃げてしまっていない。しかたがない。あすの晩行って、取ってきてあげよう」と言っている。
桶屋は、下に向かって、どんどん逃げてきた。すると、女はどんどん追っかけてくる。桶屋は逃げて、小さな川が大きな川に合流するところまでやってきた。そこは菖蒲原(しょうぶはら)になっていた。そこへ桶屋が駆け込んで隠れると、女もまた、その菖蒲原におどり込んできて、菖蒲で目を突いてしまった。そこで、女を川に押し流し、やっとのことで桶屋は助かることができた。それで「勝負」と言って、菖蒲につけて、五月五日に菖蒲をまつることになった。

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