現在表示しているページ
ホーム > 和歌山の民話 > 龍神村:枕がえし

和歌山県の民話

枕がえし

出典:龍神の民話

発行:龍神村教育委員会

むかしむかし小又川(こまたがわ)に、いつごろから、生えとったんかもわからんぐらい、大きなもみの木があったんや。
そのもみの木は、ものすごうたこうて、枝はあっちこっちに張り出し、大きなを影をつくっとった。そやさか、その近くの木はあんまり大きならんし、畑の野菜もあんまりとれなんだ。
こまった村の人らは、どうしたもんやろって話しおうたんや。
「あがな何百年も前から生えとる木には、たましいがあるて言うで。たたりがあったらこまるのう」
て、言う人がおったけど、
「なあに、たたりらあるもんか。それに、あがな大きな木切って売ったら、ものすごいお金になるで。そいをみんなで分けようら」
て、言う声におされて、とうとう大きいもみの木を切ってしまうことに決めたんや。

すぐに、村の若い人の中でも、力もちの七人がえらばれて、いよいよ切りたおすことになった。なんていうても、ものすごう大きい木のことやさか、何日かかるかわからん。
そこで、もみの木のはたに山小屋を建てて、木切りたおすまで、ねとまりすることになった。
そのまかない方に次郎作っていう男がえらばれた。まかない方っていうのは、ご飯をたいたり、おかずをこしらえたりする仕事のことや。
次郎作(じろさく)は、力は弱いけどすごう気ええし、小さいときから寺まいりが大好きっていうちょっと変わった男やった。だれかに
「次郎作(じろさく)!」
てよばれたら、
「ハイ!」
ていう返事のかわりに、
「(注1)ハンニャハラミタ」
て答えるさか、子どもらは、
「ハラミタ次郎作(じろさく)ヤーイ」
て言うて、からかうんや。でも、人のええ次郎作(じろさく)はにこにこわらっとるばかりで、あいかわらず、
「ハンニャハラミタ・・・」
て、となえとったんやと。

いよいよ、もみの木の切りたおし作業がはじまった。

カーンカーンておの打ちこむ音が辺りにこだまし、仕事はどんどんはかどった。
あたりに(注2)こっぱとばしもうて、よそみもせんと次々と交代して、おの打ちこんでいってん。
一日目は、五分の一ぐらいおのを打ちこんで終わったんや。若い衆らは、ハラミタ次郎作(じろさく)の作った夕めしをはらいっぱいつめこんで、ぐうぐう寝てしもうた。
次の朝、若い衆らは、もみの木を見てびっくりした。きのう、五分の一ぐらい打ちこんどったのに、まったくもと通りになっとるんや。そいて、どっこにもきずあとがないんや。なんともおかしなことやて、思うてんけど、しかたないさか、また一からおの入れ始めたんや。その日も五分の一ぐらい打ちこんだとこで仕事終ってんけど、
「夕べのことは、どうもおかしい。だいそ、なんどしとるぞ」
て言い出したもんがおって、
「ほいたら、交代で見張りしょうら」
ていうことになったんや。
その夜更け、ひとりの若い衆が小屋のすきまから見張っとったら、どこからともなく数人の小人(こびと)が出てきて、せっせとこっぱを拾うて、もみの木につめこんどる。びっくりした若い衆は、思わず「アッ」て、声をあげたさか、小人(こびと)らは、くものこちらすように、暗やみの中に消えてしもうた。
みんなをたたきおこいて、今見たことを話して聞かせたら、若い衆らもびっくりして、
「明日から、こっぱをみんなもやしてしまおうら」
ていうことになったんや。
次の日、また、一からおのを入れた。そいて、その日の夕方には一切れのこらずこっぱ集めて、もやしてしもうてから若い衆らは、安心してねこんでしもうたんや。
でも次郎作(じろさく)だけは、うすきみわるうてなかなかねつけなんだ。

そのとき、急に小屋の戸が開いて、何人かの小人(こびと)が入って来た。次郎作(じろさく)は、もうおそろしゅうておそろしゅうて、じっとたぬきねいりしとった。
そっと様子を見とったら、小人(こびと)らは、はしから順番に七人の若い衆らのまくらをひっくりかえしていった。そいて、次郎作(じろさく)のとこへ来たら、
「こいつはいっつも返事のかわりに、ハラミタってとなえる男や。助けたろうら」
て、言いもうて、戸を閉めて出て行った。
次郎作(じろさく)は、おそろしゅうておそろしゅうて、ふとんかぶったままガチガチふるえとった。
夜が明けるんをまちかねて、次郎作(じろさく)はがばっとはね起きた。ひとりずつ起こしにかかったけどだれひとり返事してくれなんだ。
みんなひやこうなって死んどった。
次郎作(じろさく)は、
「ワッ」
ていうて、小屋から飛び出し、いちもくさんに村にかけおりて行った。

いくら、そいが木であっても、何百年もたったもんには、たましいが宿るっていうのはほんまのことなんやろか。
わたしらのまわりには、いろんなふしぎなことがあるもんやな。

(注1)
ハンニャハラミタ-
お経

(注2)
こっぱ-
木端、木の切れ端

このページのトップに戻る