てんぐ徳兵衛(とくべえ)
出典:熊野古道大辺路の民話
発行:和歌山県西牟婁振興局
口ヶ谷(くちがたに)に徳兵衛(とくべえ)という正直で心のやさしい若者が住んでいました。徳兵衛は、たいへんな働き者で、朝は暗いうちから夜は暗くなるまで働きました。
ある日のこと、仕事をおえ、汚れた手足を洗おうと川へおりていきました。どうしたことか、そのまま行方(ゆくえ)が分らなくなってしまいました。村人たちは手分けをして、方々(ほうぼう)を探(さが)しましたが、見つかりません。前の日の大雨で、川は水かさが増しています。村人たちは、徳兵衛は川に流されたにちがいないと思い、あきらめておりました。
ところが、四、五日たった夕方、仕事帰りの村人が、舟木(ふなき)村の堤防(ていぼう)の三かかえもある杉(すぎ)の大木の枝に徳兵衛がいるのを見付けました。
村人は大喜びして、徳兵衛を枝からおろしました。村人は徳兵衛に、どうして行方が分らなくなったのか、どうしてあんな大木の上にいたのかなどいろいろ聞きますが、徳兵衛は一向に返事をしません。その上、その後の徳兵衛の様子がおかしいのです。あれほどの働き者だった徳兵衛は、全く仕事をしなくなったのです。そして、夜になると、山に行き、そのまま三日も四日も帰らないのです。帰った時には、きまって着物はぼろぼろ、体中は傷だらけ。村人は不思議がるばかりです。
ある日のこと、徳兵衛がみんなに話したいことがあるというので、村人たちは徳兵衛の家へ集まりました。徳兵衛が言うには、川に流されたこと、てんぐに助けられたこと、てんぐと友達になり、いろいろな術を教わったことなどくわしく話しました。そして、役に立つ術をみんなに教え広めました。
その後、だれ言うとなく、徳兵衛を「てんぐの徳兵衛」を呼ぶようになり、徳兵衛の徳をたたえて、ほこらを建て、「てんぐまつり」をするようになりました。「てんぐまつり」は、今も続けられているそうです。