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紀の国の先人たち

水泳選手 古川 勝(ふるかわ まさる)

1936年(昭和11年)~1993年(平成5年)
橋本市 生まれ
水泳競技で戦後初めてのオリンピック金メダリスト

子供の頃から紀ノ川の川底まで潜ってうなぎを取っていた古川は、昭和23 年、橋本中学校に入学し、水泳部に入部。校内水泳大会の平泳ぎで優勝し、その様子を見ていた兵藤(前畑)秀子氏から「平泳ぎに専念するよう」指導を受ける。

中学3年生の時、県下の中学生大会に出場し200メートル平泳ぎで優勝。8 月には、当時中学生の参加は正式に認められていなかった全国大会に参加、200メートル平泳ぎで3位に入賞し注目を浴びる。

昭和26年、橋本高等学校に入学。インターハイで2分34秒6の日本新記録を出す。ヘルシンキ大会優勝者の記録にわずか0秒2しか違わない大記録に、17歳の古川の名前が一気に世界の水泳界へ知れわたった。

卒業後は、当時の水泳名門である日本大学に入学。昭和29年、アジア大会最終予選会では、好記録を出したものの、その後の試合では、潜水泳法の選手との競泳に連敗。ベルリンオリンピック、金メダリストの葉室鉄夫のアドバイスのもと、古川独自の潜水泳法を編み出し、日米対抗水泳大会に出場、200メートル2分33秒7の世界新記録を出し優勝する。

昭和31年メルボルンオリンピックに出場し、2分34秒7のオリンピック新記録で優勝し、水泳競技で戦後のオリンピック大会初の金メダルを日本にもたらす。

卒業後、長年勤めた会社の退職後、スイミングスクールの校長として若い泳ぎ手の育成に情熱を捧げる。昭和56年国際水泳殿堂入り。平成5年紫綬褒章を授章。また、橋本市教育功労賞、橋本市名誉市民にも選ばれている。古川は、病魔 (肺ガン)に倒れたのちも携帯用酸素ボンベを手にプールサイドにたって子供達を指導。水泳の普及に尽くした生涯を送る。

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